2014/07/01 「日々の労働によって心は磨かれる」

2014/07/01京セラKDDI設立。新時代経営リーダー稲盛和夫の 経営哲学生き 方に学ぶ/外食業界に生きる人間として(竹谷稔宏) 「日々の労働によって心は磨かれる」

私たちが暮らしの中でもっとも実銭しやすく、また心を高める方法 として一番基本的かつ重要な要件は「精進」努力を惜しまず一生懸 命働くことです。言い換えれば、私たちが自分の人間性を向上させ たいと思ったとき、そこに難しい修行などは必要ありません。ただ 普段の暮らしの中で自分に与えられた役割、あるいは自分が行うべ き営為をそれが会社の業務であろうと、家事であろうと、勉強であ ろうと、粛々と、倦(う)まず弛まず(飽きたり気を緩めたりしないこ と)継続していくこと。それがそのまま人格練磨のための修行となる のです。

すなわち、日々労働の中にこそ、心を磨き、高め、少しでも悟りに 近づく道が存在しているということです。私は、たとえば宮大工の 棟梁のように、一つの職業、一つの分野に自分の一生を定め、その 中で長く地道な労働を営々と重ね、おのれの技量と人間を説いてき た人物に強く魅了されます。その卓越した技量はもちろんのこと、 仕事を通じて体得してきた揺るぎない哲学、厚みのある人格、すぐ れた洞察力などが、私の心の深いところに呼応してくるのです。 若いときから七十歳、八十歳というご高齢になるまで、その道一筋 に自分を鍛え上げてこられた、その人間の重みや存在感が、語らず とも色濃くにじみ出ている。たとえば、「木には命が宿っている」「 木が語りかけてくる」そんな深遠な響きの言葉を寡黙なうちにもポ ツリと口にされる。そういう宮大工の棟梁の風貌が、私にはどんな 偉い哲学者や宗教家よりも崇高に見えます。努力を惜しむことなく、 辛苦を重ねながら、懸命に一筋の道を究める。そのような精進努力 によって、あの人たちがたどり着いた心の高みや人格の奥深さに、 何かすごみさえ感じるのは私だけではないはずです。このことから も、働くという営みの尊さを改めて思わないわけにはいきません。 「悟りは日々の労働の中にある」ことをつくづく実感させられるの です。

つまり地道な精進なくして、名人の域に達した人はいません。私た ちが自分の仕事を心から好きになり、だれにも負けない努力を払い、 精魂こめてその仕事にとり組む。それを通じたそのことだけを通し て私たちは生きることの意味や価値を学び、心を磨き、人格を練り 上げて人生の真理を体得することができるのです。 外食の業界の仕事も、様々な種類の仕事はあろうともその真髄は前 述している内容と大きく変わるものではないことである。自分の仕 事には、常に誇りと努力を惜しまず、切磋琢磨してこそその努力は 報われるものになる。その努力を惜しんだり、常に自己研鑽をしな いものに人間的向上はないことを忘れてはならない。ましてや決し て仕事の内容によって自分が努力しないとか、一生懸命に仕事と向 き合わないというものでは、その努力が損なわれてしまうものでは 人間として深みある人格形成には繋がらない。

特に外食の場合には、現場と本部という大きく分けて二種類の仕事 があり(現場でお客様に接することと、現場をサポートする役割をす る本部という仕事であり)、それぞれに仕事の内容も異なれば役割も 異なることは当然のことであろう。

しかしよく仕事の種類(外食の現場は労働集客性、きつい汚い仕事が 多い)によっては、本部は「楽であるとか」、現場は「きつく大変な仕 事であるとか」単に仕事の内容によってその役割や価値を比較する人 がいるが、そもそも仕事には、楽という言葉も厳しいという言葉も適 合しないことを忘れてはならない。

いつも同じ仕事をすることによってその仕事の精度やレベルは高まり、 経験も豊富なベテランの域に達していく。そこには、一過性で身に着 いたものではなく、日々努力を重ねてきた結果として高い評価がつい てくることだ。

どのような仕事においても、すぐに人格的、技術的、尊敬できる人間 になったわけではなく、その仕事への努力や自己研鑽をし続けてこそ、 その仕事の高い技量や人間的品格を得ることができるものである。社 会人としていかなる仕事に就こうとも、仕事内容を選んできならない。 むしろ仕事に生きがいを感じ常日頃から切磋琢磨し、高い志を持って 仕事に向かう姿勢こそ、人間としての心は磨かれることを忘れてはな らない。


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