2014年04月01日 「つねに内省せよ、人格を磨くことを忘れるな」

2014/04/01京セラKDDI設立。新時代経営リーダー稲盛和夫の経営哲学生き方に学ぶ/外食業界に生きる人間として(竹谷稔宏)

「つねに内省せよ、人格を磨くことを忘れるな」

最近多発した組織の不祥事を起こした組織のリーダーが記者会見を行うことがありますが、その応対に長としての人格の重み、厚みを感じることはれです。「あってはならないこと」「再発防止に努めたい」などとひととおりのことは口にしますが、用意された原稿を棒読みしているため、教条的な響きを感じるばかりで、責任者としての真摯さや誠実さはほとんど伝わってきません。

うろたえやごまかし、責任逃れ、そういうものを感じることはあっても、事態にきちんと対峙し、自らの責任を認め説明すべきは説明し、正すべきは正していこうとする重量感ある言動が見られなることは少ない。確固とした信念や哲学をもたず、物事の善悪、正邪を峻別する基準さえもちあわせていないと感じざるをえません。あれが社会のリーダーと呼ばれる人たちの振る舞いであるなら、いまの子どもたちが大人を尊敬も信用もしないのも無理もないと思えるほどです。

人の上に立つリーダーにこそ才や弁でなく、明確な哲学を基軸とした「深沈厚重」の人格が求められます。謙虚な気持ち、内省する心。私を抑制する克己心、正義を重んじる勇気。あるいは自分を磨きつづける慈悲の心、ひとことで言えば、「人間として正し方」を心がける人でなくてはならないのです。

それは中国の古典にもある「偽」「私」「放」「奢」この四つの煩いから離れた生き方ともいえます。すなわち偽りがあってはならないし、私心があってはいけないし、わがままであってはいけないし、奢りの心があってはいけない。そうした高潔な生き方をおのれに課すこと。それが人の上に立つものの義務、つまりノーブレス・オブリージュというものでしょう。人としては正しい生き方に努めるということは、小学校の道徳のようなことをいうと笑う人がいるかもしれません。しかしその小学校のときに教わったようなことを、私たち大人が守れなかったからこそ、いまこれほどまでに社会の価値観が揺らぎ、人の心が荒廃しているのではないでしょうか。

いま子供に向かって堂々とモラルを説ける大人がどれほどいるか。

これはしてはいけないことだ、あれはこうすべきだと、明確に模範に規範を示し、倫理を説ける。そういう識見と精神、重厚な人格を有した人物がどれだけ出てきたか。それを思うと、私なども忸怩(じくじ/深く恥じること)たる思いにとらわれないわけにはいきません。正しい生き方とは、けっしてむずかしいことではないはずです。子どものときに親から教わった、ごく当たり前の道徳心、嘘をつくな、正直であれ、人をだましてはいけない、欲張るな、そういうシンプルな模範の意味を改めて考え直し、それをきちんと遵守することがいまこそ必要なのです。

外食業界の経営側あるいはリーダーとしての生き方や思想も同様に常に誠実でなければならいことは周知の通だろう。また人間とはどうあるべきか、生き方や考え方については、大人になれば(何もかも理想的にならないことが:現実である)、理解できないことが多々あることだ。つまり組織を動かす立場の人としては、常に己の発言や言動に注意を払って動くことを忘れてはならない。部下に対してただ単に叱咤激励をする人もいれば、部下の意見や話をよく聞き、常に冷静且つ理想的な人格のリーダーもいる。その結果として業績を左右することも多々あるのが外食業界の場合には大きなポイントになることだ。

特に外食業界の組織は、ピラミッド型の人の集まりで組織形成をしていることもあり、常に人が介在して物事が始動することを理解しておかなければならない。つまり組織の上に立つ上司やリーダーの姿勢としては、指示や判断が曖昧になると、現場がうろたえるし、混乱を起こしやすい軟弱な組織体であるともいえることだ。したがっていかなる時でも常に感情的にならず、冷静沈着な姿勢でむしろ一呼吸のスタンスで物事やすべての事柄に対処するという心の余裕や広さが必要になることを理解しておくことだ。

人間の本質とは、実は弱いものであり、いかなる立場になろうとも、己がその立場に立つまではその現実をどのように判断すればよいのかなどわかないことが現実であることを自覚しておかなければならない。いざその経験したことの無い現実に遭遇し、部下に指示を出すことや不祥事に対する社会的内容説明やしっかりとした自分の意見を持てる人格になる努力を怠らないことである。

よく肩書きばかりの上司やリーダーという人も世の中には多々いることだろうし、勿論人格や資質がなければ、すぐにその本質は見えてしまうことを自覚しなければならない。自らが本当のリーダー且つ人格的にも尊敬される存在になるためには(人格形成の基本はさほど変わるものではなく)、常に自己研鑽や自分磨きに時間を費やすことを怠ってはならない。

つまり人の上に立つリーダーにこそ才や弁でなく、明確な哲学を基軸とした「深沈厚重」の人格が求められることを忘れてはならない。