2014年10月01日 「毎夜自らの心に問いかけた新規事業参入の動機」

2014/10/01京セラKDDI設立。新時代経営リーダー稲盛和夫の経営哲学生き方に学ぶ/外食業界に生きる人間として(竹谷稔宏)

「毎夜自らの心に問いかけた新規事業参入の動機」

利他という「徳」は、困難を打ち破り、成功を呼ぶ強い原動力になる。そのことを私は電気通信事業へ参入したときに体験しました。いまではいくつかの企業が競合するのが常態となっていますが、1980年代半ばまでは、国営事業である電電公社が通信分野のビジネスを独占していました。

そこへ「健全な競争原理」を持ち込んで、諸外国に比べてひどく割高な通信料金を引き下げるべく自由化が決定されました。

それに伴って電電公社はNTTへと民営化され、同時に電気通信事業への新規参入も可能になったのですが、新規参入しようという企業が一向に現れません。このままでは官が民に変わったのも名ばかりで、健全な競争は起こらず、料金の値上げによって国民が恩恵を受けることはできなくなります。

相手がNTTでは巨像にアリの不利な戦いであり、しかも業種が違う私たちにとってはまったく未知の分野である。けれども、そのまま傍観していたのでは競争原理が働かず、料金値下げという国民にとってのメリットは絵に描いた餅に終わってしまいます。ここはドン・キホーテを承知で私が手をあげるしかない。しかし私はすぐに名乗りをあげることはしなかった。というのも、そのとき私は、参入の動機に私心が混じっていないかを自分に厳しく問うていたからです。参入を意図してからというもの、就寝前のひとときに毎晩欠かさず、「おまえが電気通信事業に乗り出そうとするのは、ほんとうに国民のためを思ってのことか。会社や自分の利益を図ろうとする私心がそこに混じっていないか。あるいは、世間からよく見られたいというスタンドプレーではないか。その動機は一点の曇りもない純粋なものか。という自問自答を私は繰り返しました。すなわち「動機善なりや、私心なかりしか」ということを何度も何度も自分の胸に問うては、その動機の真偽を自分に問いつづけたのです。

そして半年後、ようやく自分の心の中には少しも邪なものはないことを確信し、DDI(現・KDDI)の設立に踏み切ったのです。蓋をあけてみると、他にも二社が名乗りを上げましたが、そのなかでは、京セラを母体にしたDDIがもっとも不利だという前評判でした。無理もありません。私たちには通信事業の経験や技術がなく、通信ケーブルやアンテナなどのインフラも一から構築しなければならず、さらには販売代理店網もゼロという大きなハンデを抱えていたからです。外食業界の企業においても、いざ新規事業に参入するあるいは新業態を開発する際には、同様にプロジェク担当者のトップは、業務における試行錯誤や今後の方向性の思案で眠れぬ夜を幾夜も過ごすことはしばしばであることだ。

何かの事業を起こすときには、種々な物事や邪念に打ち勝たなければ、決済できないし事や新規事業を具体的に検討する力や能力がブレルこともあることだろう。しかし全ての共通する精神としては、常に利他という徳を原動力にし、新規事業を進めるという思い入れがなければ、何事も成果に結びつけることはできないということだ。特に外食事業において競合が存在しない業種・業態は無に等しいほどに、全ての外食業界においては激戦状態にあることを理解しておかなければならない。

それでなくとも近年の外食業界の景気後退、消費税増税による売上不振や客数減少は目を覆うほどの厳しさを迎えていることは周知の通であろう。むしろそんな厳しい時代であるからこそ、新規事業や新業態を発信することは外食企業にとっては大きな意義があることであり、むしろその厳しい時代を「大きなチャンス」であると受け止める分析力や情報力、先見性を持つことが必要であることだ。

しかし外食事業とは、そう簡単に新規事業を成功するに結びつけることはできない難しさを持っており(もし簡単に成功を手にしたいのであれば流行の商品やメニューに手を出さない限り)、繁盛店を生み出すことはできない時代である。つまり流行業態のビジネスの生命は短く、1年も経過すればいつの間にかその人気も低下し経営として厳しいものになってしまうことが常であることには変わらない。

つまり新規事業や業態を発信する際には、常に利他の徳を信じて事業に取り組むスタンスが必要であろうし、あくまでもその事業は私心ではなく利他の原動力を生み出すものでなくてはならないことを忘れてはならない。動機は様々な理由があろうとも、経営者としての基本思想は決してブレてはならないことを肝に銘じておくことが大切である。