2014年12月01日 「いまこそ道徳に基づいた人格教育へとシフトせよ」

2014/12/01京セラKDDI設立。新時代経営リーダー稲盛和夫の経営哲学生き方に学ぶ/外食業界に生きる人間として

「いまこそ道徳に基づいた人格教育へとシフトせよ」(竹谷稔宏)

何故私たちはそれほど根源的な道徳規範を失ってしまったのか。人を思いやる心、利他の心を忘れてしまったのか。その答えは簡単です。要するに、大人が子どもにそれを教えてこなかったからです。戦後およそ60年がたっていますから、いま生きている多くの日本人は道徳について何も教えられていないといっていいでしょう。

自主性の尊重と放任と拡大解釈し、自由ばかり多く与えて、自由と対をなす人間として果たすべき義務についてはほとんど教えてこなかった。人間として備えるべき当たり前の道徳、社会生活を営むうえでの最低限必要なルールを身につけることを私たちはひどくおろそかにしてきたといえます。

昔から、そういった生きる指針となる哲学というものを人々に教えてくれていたのは、仏教やキリスト教に代表される宗教でした。隠れて悪いことをしても、神仏は見捨てたりはしない、こうした概念が信仰によってもたらされ、そこから「人間として正しいこととは何か」ということを考えざるをえなかった。

しかし近代の日本では、科学文明の発達に伴い、こうした宗教はないがしろにされてしまいました。それに伴って、人間としてあるべき姿を指し示す道徳、倫理、哲学、そういったものさえも、しだいに忘れ去られてしまったのです。

昨今でも総合教育を謳いながら、道徳による人格教育をしようという動きはあまり見られません。加えて「個性教育」を重視するあまり、人間として身につけるべき最低限のルールやモラルをきちんと教えない。幼稚園でも「自由教育」標榜し、物心もつかない幼児たちを放任してしまう。それでは大人になるまでに必要な最低限のルールさえ身につける機会がありません。まだ心身ともに成長過程にある少年期にこそ、「人間としてどう生きるべきか」を学び、じっくりと考える機会を与えることが必要なのではないでしょうか。

飲食業界の場合は、人を介してサービスが成立ビシネスものであるため、少なからずともお客様に対する「思いやり」や利他に対する認識は持っていることだろう。勿論その内容は、飲食店ごとにあるいは企業ごとにサービスの質やレベルは格差があることは致し方ない現実であることだ。最近のアルパイ・パートは、まさに幼少期に人に対する思いやり、心配りや利他に対する心を学んできていない新人類であることには変わらないことだ。まさに人格教育や道徳を学んできていないことは現実であろう。

但し飲食業の場合には、ホスピタリティーというお客様に対する「おもてなし」という心を感じてもらう社内教育を受けるため、新人類の思いやりや利他に対する心を改めて学ぶことができる業界でもあることだ。社会的には、人を思いやる気持ちや利他に対する思想道徳は欠落しているかもしれないが、その内容に対する自覚があればこそ、新人類であろうとも、年齢に関係なく学ぶことができる内容であることは事実であろう。

むしろ外食業界では、その道徳心や人を思いやる心、利他に対する心そのものがなければ、飲食店のサービスの現場では通用しないことが現実であることを理解しておかなければならない。

飲食店業界に関わらず、サービスに関わる企業の教育方針は、道徳に基づいて教育へとシフトしていくことが大切であることには変わらない。